父は90歳になります。
そろそろ終活をして、古いアルバムや思い出の品を整理してみてはどうか。そんな提案をしてみました。
デイケアのない日は家でひとり。どうせなら、思い出をたどりながらゆっくり片付ける時間も悪くない。私はそんなふうに考えていました。
すると父が言ったのです。
「ワシが死んでからアルバムが見れん!」
……え?
誰か見る人がいるの?と聞くと、
「ワシが!」
と、きっぱり。
一瞬、頭の中に浮かんだのは幽霊か?ゾンビか?という言葉。でも父の表情は、いたって真面目でした。
ああ、これは終活ではなく“霊活”なのかもしれない。そんな言葉がふと浮かびました。死後の世界のことは、正直分かりません。けれど父の中では、自分は死んだあとも“存在するもの”なのです。
私は、死はひとつの終わりのように感じています。でも父は、続きがあると思っている。親子でも、こんなにも感覚が違うのだと驚きました。
だから、終活も霊活も、父に任せることにしました。片付けるかどうかも、父の時間の中で決めればいい。
この話を息子にすると、「じいちゃん、すげぇーな!」と大爆笑。
三世代で、死後の世界を笑い合えるのも悪くないものです。
人は、かたちは変わっても、誰かの記憶の中で、あるいは自分の信じる世界の中で、永遠に存在するのかもしれません。