「私はまだ若い」の心理に寄り添うーー80代後半の「まだ早い」を動かした言葉

ケアマネ業務あれこれ

こんにちは、ケアマネジャーのはせさんじますです。

皆さんは、何年かぶりに同級生に会って**「あの人、ずいぶん老けたな。自分の方が若く見えるわ」なんてこっそり思ったことはありませんか?

あるいは、テレビの街頭インタビューに映る同世代を見て、「えっ、自分って周りからこんなに老けて見えてるの…?」**とショックを受けたり。

実はこれ、特別なことではありません。人は誰しも、心の中にある「理想の自分」や「少し前の若々しい自分」のイメージを大切に持っているものだからです。

しかし、介護の現場では、この「自分はまだ大丈夫」という気持ちが、時にちょっぴり切ない壁になることがあります。

「まだ早い」に隠された、利用者のプライド

私たちケアマネジャーは、ご利用者の安全を守るために、杖や歩行器などの福祉用具レンタルをお勧めすることがあります。転倒を予防するため、あるいは今すぐ必要な状態だからこそのご提案です。

しかし、ご利用者から返ってくるのは、「まだ早いわ」「年寄りに見えて格好悪いわ」

周りから見れば「危ないから使ってほしい」の一心なのですが、ご本人にとっては、それを受け入れることが**「自分が老人になったと認めること」**のように思えて、抵抗したくなってしまうのです。

先日も、ある80代後半のご利用者にお会いしました。耳が聞こえづらくなってきており、ご家族も度々「補聴器をつけたら?」と勧めておられたのですが、ご本人の返事は

**「まだまだ早い!」**でした。

80代後半。客観的に見れば決して早すぎることはありません。でも、ご本人の中にある「自分」は、まだまだ現役で活躍できる元気な姿のまま止まっているのです。

現状認識の難しさと、一歩を踏み出すアプローチ

ご利用者はよく、**「歳をとって体が動かず、何もできなくなったわ」**と口にされることがあります。一見、衰えを受け入れているような言葉ですが、これは「思い通りに動けるはずの自分」と「動かない現実の身体」とのギャップに戸惑っているサインでもあります。自分の今ある状態を、ありのままに認識するというのは、本当に難しいことなのです。

そこで私は、無理に現実を突きつけるのではなく

  • 補聴器は、耳の筋肉や脳が元気な「できるだけ早い段階」で装着して慣れる必要があること。
  • 聞こえづらい状態を放置すると、人との会話が減り、認知機能の衰えにつながる恐れがあること。

これらを丁寧にお伝えしたところ『これからの生活を守るための前向きな選択』として腑に落ちたようで、ついに耳鼻科受診をする決心をしてくださいました。

さいごに

「まだ早い」という言葉の裏には、その方がこれまで一生懸命に生きてこられた歴史とプライドが隠されています。私たちケアマネジャーの仕事は、ただ道具を勧めたり、現実を伝えることではありません。ご本人の中にある「若々しい自分」を尊重しながら、現実の体と上手に付き合っていけるよう、そっと橋を架けることなのだと改めて感じました。

これからも、ご利用者の心に寄り添う伴走者でありたいと思います。

お読みいただき、ありがとうございました。

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