「なかなか迎えが来ない」90歳を過ぎても暮らし続けるということ

ケアマネ業務あれこれ

「なかなか迎えが来んわぁ」

「長生きもえらいわぁ」

90歳を過ぎた一人暮らしの方から、そんな言葉を聞くことがあります。

無理もありません。

90歳を過ぎても一人暮らし、家事をして、近所との付き合いをして、畑仕事もする。

病院へ行くときはデマンドバスを利用し、薬の管理も自分でしています。

「今日も元気ですね」と簡単には言えないほど、毎日の暮らしにはたくさんの仕事があります。

孫のリクエストに応えて白菜の種を蒔く

離れて暮らす孫から、

「白菜の漬物作って」

と頼まれたそうです。

すると、

「白菜をは自分で作った方がいい」

と、白菜の種を蒔きました。

野菜は買って食べることができます。

でも、

「汁の身くらいは作らんと」

と、青菜の種も蒔きました。

自分が食べるためだけではありません。

誰かのために作る。

そのために種を蒔く。

90歳を過ぎても、まだ「誰かのために」という気持ちが暮らしの中にあります。

冷蔵庫が空になれば、買い物へ

冷蔵庫の中が空になれば、

「買い物に行かんといけん」

と、デマンドバスで買い物に出かけます。

自分で食べるものを考え、自分で買い物に行く。

当たり前のように思えることですが、90歳を過ぎた一人暮らしでは、一つ一つが生活を支える大切な力です。

もちろん、いろいろな作業をすれば体は疲れます。

足が痛くなることもあります。

体のあちこちに痛みが出ることもあります。

そして、そんな時にポツリと言われます。

「足が腫れるようになったから、お迎えが来るかもしれん」

「物忘れが確かになったから、寿命が来たかもしれん」

長く生きて来たからこそ、自分の体の変化にも敏感です。

「お迎えが来た」と言われたら

ケアマネジャーの訪問では、お茶を出してくださいます。

お菓子を一緒に食べながら、いろいろな話をします。

そして、冗談を言って笑います。

そんな時間の中でも、

「お迎えが来た」

と言われることがあります。

私はいつも、

「入り口が満員で、迎えに来れませんよ」

と返します。

すると、

「そうかねぇ」

と笑い、

「ころっと行かんかなぁ」

と、また大笑い。

「長生きもえらいわぁ」と言いながらも、今日の暮らしをちゃんと生きておられます。

今月も目標達成

ケアマネジャーとして訪問するたびに、

「今月も目標達成ですね」

と思います。

ケアプランに書かれた目標だけを見れば、もしかすると「一人暮らしを継続する」といった言葉になるのかもしれません。

でも、その中身はもっと具体的です。

白菜を育てる。青菜を育てる。孫のために漬物を作る。冷蔵庫が空になったら買い物に行く。

病院に行く。薬の管理をする。近所の人と付き合う。

そして、ケアマネジャーとお茶を飲みながら笑う。

これが、その人の「暮らし」です。

今日を生きるためにすることがたくさんある。

なかなか迎えが来ないのは、もしかすると、まだまだこの世でやることが残っているからなのかもしれません。

「お迎えは満員ですよ」

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