父がグループホームに入居して1か月。介護の習慣は、まだ体に残っていました。

認知症の介護

父がグループホームに入居して、1か月が経ちました。

この1か月で、「しなくてもよくなったこと」がたくさんあります。

仕事で私が不在の時の父の食事を心配することもなくなりました。

温水器のお湯を空にされることもありません。

郵便物を部屋へ持って行かれ、「どこへ置いたのだろう」と探し回ることもなくなりました。

トイレの掃除回数も減り、デイサービスやショートステイを利用するための準備もありません。

定期受診の日程を調整し、年間スケジュールに書き込むこともなくなりました。

仕事で疲れて帰宅しても父のお世話に休みはありませんでした。

「少し休みたい」と思う日でも、食事の準備や見守り、翌日の予定の確認など、やるべきことは毎日続きます。

その生活を何年も続けていると、それが当たり前になり、自分が疲れていることさえ気づかなくなっていました。

父が入居して生活は大きく変わったはずなのに、不思議なことがあります。

今でも、つい料理を作り過ぎてしまうのです。

そして夜中になると、父がトイレに起きる音が聞こえないのに目が覚めることがあります。

頭では「もう大丈夫」と分かっていても、長年続いた介護の習慣は、すぐには体から抜けないものなのだと感じています。

家族は、お互いを支え合う存在です。

だからこそ、できないことを自然にフォローし、自分の役割が少しずつ増えていきます。

その一つひとつは小さなことでも、積み重なると大きな負担になります。

知らないうちに心も体も疲れ切ってしまうことは、決して珍しいことではありません。

「家族だから私が頑張らないと。」そう思う気持ちは、とても自然なことです。

でも、介護は一人で抱え込むものではありません。

介護サービスや施設を利用することは、決して家族としての責任を放棄することではなく、本人も家族も穏やかに暮らし続けるための選択です。

父は今、グループホームで穏やかな毎日を過ごしています。

面会に行くと、笑顔で迎えてくれます。そして私も、笑顔で父に会いに行けるようになりました。

介護に追われていた頃は、気持ちに余裕がありませんでした。今は、面会時間を親子として穏やかに過ごせています。

介護は、最後まで家族だけで頑張ることが正解ではありません。

必要なときに周りの力を借りることも、大切な介護の一つです。

もし今、ご家族の介護を一人で抱え込み、「まだ大丈夫」と頑張り続けている方がいるなら、どうか無理をし過ぎないでください。

家族が笑顔でいられることも、本人にとって大きな安心につながるのですから。

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